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あれは、いつのことだったか。 夢の中、思い出の中、本当に些細なこと。
『僕は――だからね…』
そういって、悲壮な表情を浮かべる少年。 あまりにも、彼の言った言葉はおかしいと思えた。そんなことはないと思えた。 そんなことない、そう何度言っても、彼は信じなくて。
それはきっと夢だよと。 彼は小さく微笑んで言う。それがまたとても寂しそうで。
夢なんてない。 夢を否定するつもりは無い。夢と現実の差を一度明確にしてしまった自分が言うことでもない。 だけど……
だから、私は……あの時、なんていったのだろう?
『なら、私が―――――』
小さいころの優しい記憶。 穏やかな波に乗って、ゆっくりと。だけど、永遠に。
自分が自分である理由を。 自分が幼き日に思った思いを。
―――――――――――――――
青い空、白い雲、緑色の森林。色とりどりの自然。 この世の優雅さを早々すべて取り揃えた、とは言わないものの都会から少し離れたオアシス。
そして、その中にあって自然と同化するように遠くに立てられている旅館。
自然との共生とはよく言ったものだ。自然を利用した温泉もあり、さらには森林浴にも最適。 仕事疲れも吹き飛びそうな雰囲気をかもし出している。
清らかで質素な紺色をベースとした私服に身を包み、なおかつ肩に届かない程度に切りそろえた日本人らしさを持つ茶色がかった黒髪。 茶髪と言っても間違いではないだろう。 日差しと言うよりも2月の空気で寒いであろうにそれを感じさせない風格。 小さめサイズの旅行バックを片手に、肩には妖精さん、と呼んでも問題ではないその美女と同じような服装をした青色のロングの髪を持つ小人さん。
そんな茶髪の女性がゆっくりと周りを見ながら、とぼとぼと歩く姿は 現代の大和撫子という異名がぴったりである。
「うわーとっても凄いですよー」
「本当にここがクラナガン近郊だということを疑いたくなるわなーこれは」
時空管理局を設立したミッドチルダの首都名……ここの所在地でもある……を言葉に出しながら歩く。 後ろには赤髪に活発さを伺わせるラフな服装に身を包んだ少年。 女性の言葉に反応してか、同意を兼ねるのか、微笑を浮かべる。
「そうですね。僕もこういうところは初めてです」
「私も、家族や親友以外では始めてやね。いや、それ以外で行くことはまずないかもせえへんけど」
少年の言葉に幸せそうに返す女性。 少年の名前はエリオ・モンディアル。女性の名前を八神はやてという。
彼らの後ろを見れば、彼女、八神はやてが部隊長をしている六課の主要男性メンバーが揃い踏みだった。 グリフィス、ヴァイスがそれなりの大きさの旅行バックなどの荷物を持ち、その後ろで荷物を体につけられつつも文句一つ言わないで黙々と歩くザフィーラ。
なんだか、凄く不憫な感じがしないでもない。
「八神部隊長、さすがにここまで歩けってキツイっすよ」
「イヤなら帰ってもええで?シグナムは早めに到着しているんやけどなー」
「さてと。んじゃ、グリフィス補佐官、がんばりますか!」
「ヴァイスさん、あなたと言う人は……」
はやてに言いように言いくるめられているヴァイス。もっとも、それは同じく言いくるめられているグリフィスがああだこうだいえるような身分ではないのだが。
「にしても、午前中までは仕事でまったくうごけへんと思っとったのに たまにはクロノ君も粋な計らいしてくれるわー」
自らの髪をサラッとさせながら後ろを見ていた顔を前に戻す。 目の前には別に言い争っている男性が二人にそれを見て微笑みを浮かべている女性が一人。それとその女性に手を繋がれている形でゆっくりと歩く子供さんがお二人ほど。
なにやら単に怒っているのか、それともそう見えるだけで楽しんでいるのか。 言い争っている二人の関係は、普通の人が見れば中の悪い二人。でも、はやてから見ると。
「なんちゅうか、また言い争っていて仲がええな、ユーノ君にクロノ君?」
「はやて、それは大きく間違ってるよ。 クロノが単にこの休暇が終わったら仕事だからって言うんだよ。 せっかくさっきまで僕に休暇をくれてちょっとは見直したのに、こいつはやっぱり悪魔か何かだよ」
「ユーノ。せっかくお前の為を思って家族旅行に誘ってやったというのにその態度は何なんだ、その態度は!」
「まあまあ、クロノ君もそんな家族旅行で仕事の話しなんてしないの」
「パパ、いつもお仕事のお話しばっかりー」
「ばっかりばっかり!」
クロノとエイミィの子供のカレルとリエラが口々にお仕事お仕事ー、と言ったためか、さすがのクロノも折れる。 というか、これだけ見ていると彼の親バカぶりが凄く分かりやすい。
「ぐっ……分かったよ。仕事の話しもやめよう。だから、文句を言うなよユーノ」
「こっちだって、せっかくの休みに文句なんて言いたくないよ」
さぞ、当たり前のように言うユーノ。 今日、2月14日はハラオウン夫妻の家族旅行。ユーノはクロノとエイミィとは仲が良いこととクロノが毎回毎回仕事を出してきてユーノに迷惑をかけていること、さらにはそれにも関わらずユーノがまともに有給を使わないので今年は無理やり提督権限でユーノの有給を使わせて引っ張ってきた次第。
「まあ、人数はそれなりにいた方が良いからな」
「なのはちゃんもフェイトちゃんもフォワードメンバーも、私を裏切ってチョコ作りしとるからなぁー」
2月14日。第97管理外世界……彼らからすれば地球(アース)ではバレンタインデーと呼ばれる日だ。 そっちの出身であるなのはたちは毎年、揃って地球に戻ってチョコを作り、その後で届けることにしている。 今年は女性フォワードメンバーにナンバーズ有志(特別許可)、さらにはヴィータにシャマルまでそっちに行っており、さながら翠屋バレンタイン特別講習会という有様らしい。
よって、“普通”ならはやても、そこに混ざっているはずなのだが……
「そういえば、仕事だったんだっけ?」
「そうやよ……管理職の苦労ちゅうか、そういうややこしさを感じたわ……」
「だからこうやってはやてちゃんも家族旅行に誘っておまけで六課の皆さんも、ってわけなのさ~!」
ブイッ!とVサインを右手で決めるエイミィ。どうやら、彼女が主催らしい。 ちなみに休暇は取れないながらも、早めにその日の仕事を片付けることは出来て、はやても午前中には仕事をほぼ完了させていた。 なんせ、この家族旅行についてこないか言われたのが“今日”の正午ごろ。それから仕事を閃光もびっくりなスピードで終わらせたはやて。なんでも、夜天の魔道書が蒐集行使をしていたころに得たスキルの一つらしいが、そんなスキルすらあるロストロギア級デバイスも珍しいものだ。 もっとも、そんなスキルを使って仕事を終わらせたはやてもはやてだったりする。
「僕も一人で……そのバレンタインって何なんですか?」
「ああ、エリオ君は初めてだったっけ?」
お前と話すことなんてない、とでも言う風にクロノの横を同速度で歩いていたユーノがはやてと一緒に歩いていたエリオの横まで後ろに下がると、エリオが不思議そうな顔でユーノに聞く。 エリオとユーノは交友関係はさっぱりないのだが、六課からここまで移動している中でそれなりの仲になったことはずっと見ていたはやてには手に取るように分かっていた。
遺跡やベルカ式、書庫の司書長だけあってそのネタ張は広く、エリオもすぐに打ち解けられたようだ。 やっぱり、お兄ちゃんって感じのキャラクターがほかにおらへんからやろかぁ、と親しみ深そうに話すエリオをみて納得したようなしないようなはやて。まあ、自分も六課の部隊長というよりも、六課のお姉ちゃんになってるなぁ、と自分がエリオを弟のように思っていることに若干自分へ苦笑い。 そんなはやてを気にせず話は進む。
「ええ、そのキャロも楽しみにしてて、とか。ルーテシア……ああ、そのこの前の事件であった子なんですけど、その子も待っててね、って。隊長陣がいなくて練習も無かったんで、その正直やることがなくて」
「な、なるほどね……そっか、エリオ君もか……」
「うん?ユーノ君、『エリオ君も』ってどーゆーことやろな?」
つい、その手の話を聞いてしまってはやてが、トゲのある言葉を入れる。 分かってはおるんやけどなぁ……と、自分の親友二人の熱心が今頃誰の為に熱心にチョコを作っているかを思い浮かべて……何だか仕事にも恋愛にも負けたような気分がした。
「どうせ、こいつのことだ。例年通りに大量のチョコをもらっているんだろ?」
「そういえば、ユーノ君って毎年なのはちゃんやフェイトちゃんから貰ってたよねー?」
「もっとも、どれだけどんな展開があろうが、フェイトと関係を持ったらお前を牢獄にスカリエッティと同じ部屋に入れてやるから安心しろ」
「クロノもエイミィさんも毎年毎年……なのはやフェイトとはそんな関係じゃないんですってば」
夫婦の連携コンボなのか、それともユーノがこの手の話に弱いだけなのか。 押し込まれているような気がしないでもないユーノ。いや、押し込まれているんだろうけど。
「『毎年毎年チョコレートの山を律儀に貰うものだから、山ほどのチョコが無限書庫に積まれる』 って私は聞いたでー?まあユーノやから、納得やけど」
「その山は僕も見たが……あれは無限書庫の女性司書全員と本局のファンクラブからか? 数が100近くはあったぞ。というか、はやて、君が本局でバレンタインなんて行事を広めたんだろうが」
クロノが頭を悩ませるような口調で言ったことは、まあ事実だった。 はやてたちが最初に始めていたバレンタイン。彼女たちが管理局でも有数の有名人、特になのは……なだけに局内には早く広がり、本来は聖バレンタインの日なのに、単にチョコを上げる日として局内では伝わっている。
「律儀にそれを食べとるユーノ君が一番私は凄いと思うんやけど」
「あのね、はやて……食べてるには食べてるものもあるけど、さすがに食べきれないから。 今年は書庫の人たちやなんで僕なんかにファンクラブがあるか知らないけど、そっちの方は食べ物は遠慮させてもらったよ。食べきれないで残ると悪いから。司書の皆からは後で別のプレゼント贈りますって言われたけど」
ユーノも本当にそのときは困ったらしい。暗黙の了承のような感覚でそこにいた全員がユーノに同情した。 ただ……どんだけ貰ったんやろとはやても気になるところだ。 なんといっても個人的にはやてにとって『本命チョコを渡すほど好きな人』というのは……何か違う、そんな別の思いを抱く人はいても、そんな熱々なカップルを自分で想像することはまったくできなかった。 だから、そういう風にチョコに思いを載せて、というのはイマイチピンとこない。
「でも、なのはちゃんたちはユーノ君に渡してくるんやろ?そっちはどうするん?」
「そっちはしっかりと貰って食べるよ。大切な友達だからね」
まあ、実際なのはとフェイトは、はやてやエイミィ(クロノは気づいていない)から見ても大切な友達レベルを超えているような気がしないでもないわけだが、そんなことをユーノが知るわけが無い。 もっとも、なのはとフェイトの関係も親友の度を越えているとも言われるほど仲が良いこともあって、はやてとしては『あの二人は誰が一番かわからへん』と思うところだ。
もっとも…… 本当に蒼というにふさわしい空を見上げてはやては物思いにふける。
自分が一番好きだと思えるような人、が――のはなぜやろかぁ……、と。
それぞれが楽しそうな会話をしているうちにいつもは仕事ばかりしている彼ら一行は目的地に到着する。 それなりの大きさの旅館のエントランスホールに入るとそこにはすでに若いスーツ姿の男性が待っていた。
「お待ちしておりました。ハラオウン様ご一行ですね?」
その男性と話をしているクロノとエイミィ。 カレルとリエラは、はやての足元近くで二人揃って楽しそうに周りを見渡していた。 キョロキョロとエリオも物珍しいのか、その旅館のエントランスホールに並んでいるものを見る。 しかしこれまた、訳の分からないものばかり並んでいる。
温泉があるらしく、どうやらここのオーナーは第97管理外世界の日本の露天風呂がお気に入りらしい。 ここのオーナーはエイミィの実家、リミエッタ家と縁が深く、エイミィが第97管理外世界にいたときに送った 日本独特の雰囲気に刺激されて一度地球を訪問。そのままのめりこんだ上にこんな旅館を作ったらしい。
それが大ヒットしたことは大いに結構だが、なんというか……はやてから見れば「なんやこりゃ!?」というような状態だった。 なぜかエントランスホールに飾られているのはムンクの叫び。日本じゃないやんか、と言わんばかりである。 その横には富士山の写真が飾ってあったりして日本風なのかそれとも欧米風なのかさっぱりだ。
「はやてちゃん~うわっ、凄いところです……」
「これは……はやて……」
「言わんといて、見ている私も悲しいわ……」
考古学者・歴史学者とも言われるユーノだけはあって、そこら辺は第97管理外世界の日本の文化は知っているらしくまた知る必要があったのだろう。それだけにこの歪さをはやて同様に共感していた。 ちなみにエイミィは長く地球にいるが、そもそも母があの砂糖緑茶と形容が正に正しいであろうリンディ茶のリンディ・ハラオウンだ。あんまり細かいことには気にしない方針らしい。
「いやー、すごいっすね!?シグナム姐さんもそう思いませんか?」
「いや、これはむしろ……」
諸事情で先に来ていたチョコやら料理やらにはほとんど縁の無いがゆえにはやてと一緒に旅行をすることになったシグナムに話をかけるヴァイス。もっとも、シグナムも多少なりは日本を知ってるためか、この光景は馴染めない様子。
「シグナムもやっぱ思うかぁ?」
「ええ、それと主はやて。言われたとおりに事前のチェックはいたしましたが……でした」
「!?……そうかぁ……」
シグナムが小声ではやての耳元に声をかけ、それを聞いてなにやら驚きの表情を浮かべるはやて。 しかし、それも一瞬ですぐに怪しそうな笑みを浮かべるあたり、彼女が彼女ゆえな証か。 逆にシグナムは未だにそのことで顔が少し赤いままだ。彼女のような騎士にしては珍しい話である。
と、いそいそと慌しそうに先ほどのスーツを着た旅館の人がクロノとエイミィに謝っている。 どうしたのかいな、と思っていると、クロノたちが旅館の人と一緒にこっちに戻ってきた。 クロノは困った風に、エイミィはなにやら楽しそうな笑みと、正反対の表情なのが怪しげだったりする。
「ああ、すまない。 旅館の方の手違いで僕たちの家族部屋以外は2人で3部屋を頼んであったわけだが2部屋しか空いていないらしい。本当なら、男女でわけるつもりだったんだが……」
「そういうことで、くじ引きを用意したから、ささ、皆揃ってくじをビシッと引いてね~」
「本当にすみません。ついこの前オープンしたばかりで、ごらんの通りご盛況をいただいたおりまして」
本当に申し訳ございません、と平謝りをする旅館の人にそこまでしなくても、と言いながら周りを見直す。 確かにエントランスホールは日本風なのか何なのかさっぱりな風景を除けば人はたくさん来ていた。 今日は一般的には休日前の金曜日だからだろうか、とにかくこれなら空き部屋がないことも頷ける。 ユーノが、困ったような表情を浮かべるところを見ると、やっぱり男性陣にとっては困り物らしい。
ちなみにザフィーラはやっぱり動物扱いらしい。不憫だ。
エイミィがビシッと引けと言ったくじを一人ずつ引いていく。
「なんやこりゃ……って、なぜアイス棒の『当たり』?」
「この前、カレルとリエラのためにクロノ君がアイスを買ってきたら、3本も当たりがでちゃってさー」
ベタベタにそのときの話を始めるエイミィ。 これが親バカで万年新婚夫婦って奴なんかぁ……と呆れの含まれた声で「こりゃダメやなぁ……」とはやてが呟く。
「あっ、僕も当たりです」
「おお!?何も書いてねぇー!?んなばかなぁ!?」
「……何も書いて無いですね」
上からエリオ・ヴァイス・グリフィス。 人それぞれくじを引くだけでも個性が出ているところが彼ららしいというかなんと言うか。 とりあえず、ヴァイスは何を期待していたのか、非常にはやては興味深いところだ。
「っと、じゃ次は……」
「私は残ったので構わん。スクライアが先に引け」
「そうですか?じゃあ……」
シグナムが譲ったためにユーノがエイミィの方に移動してくじを引く。 じっくりゆっくりと棒を引いた時に出てきたのは……『当たり』の文字だった。
結果、ユーノとはやては顔を真っ赤に染め、エリオはユーノと一緒でよかった、という風な笑みを浮かべ ヴァイスはシグナム姐さんと一緒じゃねーかと叫んだままレヴァンティンの錆にされてグリフィスは思いっきり困った表情を浮かべて、ザフィーラと語り合い始め…… まあ、混沌としたとだけ言っておこう。
「お前らなぁ……」
「でも、クロノ君も昔はあんなだったよね?」
「う、うるさいエイミィ」
――――――――――
正直、困ったという形容詞はこういうときに使うべきなのだろう。 ユーノ・スクライアは、本当に困惑気味だった。自分で自分が困惑していることが分かるぐらいに。
部屋を決めて移動して、そこで一騒動あったのだが、それはさておいて。
ユーノとエリオ、そしてクロノは大浴場前まで来ていた。クロノから誘われたのは主な理由だ。
にしても……と廊下を歩きながら物思いにふける。
今日の自分はどうかしている、とユーノは思う。 10年前のとある約束を思い出して……司書からのチョコを拒否したり、ここに来て見たり。 クロノに誘われたのは事実だけど。それでも行く気になったのは別の理由。
10年前の夢。
あれさえ思い出さなければ、別にいつもどおりに無限書庫にいたと思うのに。 まあ、それもこれでいいか、と思ったりするその真価はきっと……
そんな物思いもその大浴場の看板、というかのれんという奴の前に来て。
「おおおぉぉぉ!?!?おい、グリフィス!これを見ろよ、どーゆーことだ!?」
「どーゆーことって、『男湯』と『女湯』って書いてあるだけじゃないですか」
「それだよそれ!?分からないかなぁ……!?混浴じゃないんだぞ! 第97管理外世界と言えば、混浴で広いお風呂と相場が決まって入るだろうが!」
ヴァイスの思いっきり間違った妄想爆発にグリフィスの方は迷惑そうだった。いや、迷惑だった。 混浴って、と思う一方、ユーノの頭には思い人の裸の姿が……
――って、違う!なに考えているんだよ、僕!
「混浴なんて、地球でもそう滅多にないぞ。ヴァイス君」
「あ、クロノさんじゃないっすか。それにユーノ先生とエリオも。いや、でもやっぱり温泉と言ったら!」
「君は僕の妻の着もない姿を見たいと言うのかね?」
んなわけないだろ、と誰もがツッコミをいれる。エリオですら似たような心境だ。 しかしクロノは思いっきりまじめな顔だった。シスコンでもあるクロノ。同時に万年新婚夫婦でもあるようで。 とりあえず、クロノはクロノでバカップルの例をもれないらしい、とユーノは記憶することにした。
「い、いや……そ、そういうわけでは決して」
「そうだよな。なら、混浴である必要があるか?」
「い、いえ。まったくありません……くくぅぅっ!」
さすがに上官には逆らえないのか。それとも単に正論&万年新婚夫婦のノリについていけないのか。 ヴァイスもガクッと表情を下に諦めた風にのれんをくぐった。
「それじゃあ、行くぞ。ユーノにエリオ」
「はいはい。まったくクロノは結婚してからずっとこのノリなんだから。 それじゃあ、行こうっか?エリオ君?」
「そ、そうですね。ユーノさん」
そういうとエリオとユーノとクロノも、とぼとぼとのれんをくぐる。 で残ったのは。
「で、どうします?ザフィーラさん?」
「うむ……」
そして人型になるべきか悩むザフィーラとそれに付き添っているグリフィスだった。
お湯に浸かれば悩みも飛ぶ。 そうは言っても飛ばないものは飛ばない。正直に言おう。エリオは思いっきり悩みを抱えたままだった。 それはユーノとはやて、それと……リインと一緒にその日泊まる部屋に入ったときの話。 つまるところ「一騒動」が主に原因で。
体を一洗いして一番最初に入ったエリオは、じっくりお風呂に浸かっていた。 だいぶ大きな大浴場の女湯と壁一つ隔てている男湯の壁付近にはヴァイスが なにやら道具らしいものを持って耳を当てていたが気にしないのが無難だろう。
キャロにルーテシア。それまでは良いとして。なんで、なんで。
「どうしたんだい、エリオ君?悩み事?それとも、さっきの事件かな?」
「ユ、ユーノさん……まあ、事件と言えばそうかもしれませんね。 さっき、八神部隊長からバレンタインは女性が好き「ちょっと待って」な……な、なんでしょう?」
エリオの話の途中でユーノが硬めの声で口を出す。声変わりはしてなくても、それははっきりとした声だった。 それでエリオの話を止まって、ユーノの方を向くと、やっぱりそこにはいつもの笑みが。
「あのさ、さすがにここで部隊長っていうのはやめた方がいいかなってね?」
「そうだな、局的な意味でも。そうでなくても、ここで言うような呼び方じゃないな」
そこに加わるのはクロノ・ハラオウン。 エリオの知る限りでは、フェイトさんのお兄さん、というイメージが強い彼だが、その肩書きは海の艦隊艦長兼司令。 はやてよりもさらに数倍はお偉いさん、だ。
「まず、管理局外であるここでその呼び方は僕たちが局員であることを話しているようなものだ。 色々と軍事的な意味を備えた局だけに標的になってしまったり問題もある。 次にはやては部隊ならともかく、それ以外でそう呼ばれるのはあまり好みじゃない、だよなユーノ?」
「僕の台詞をいつも君は……そうだよ、はやてがそれでよし、とするとは思えない。 はやては……いつも優しいことを第一に考えているからね。家族にしても友達にしても。人思いっていうのかな?」
「そ、そうですか……そ、それじゃあ……そ、そのはや、はやてさんからバレンタインの話を聞いて。 女性が好きな男性にチョコを渡すって……ってことは、キャロやルーテシアはって思ったんです」
なるほどね、ユーノはうなずく。それはクロノも同じらしい。 むしろ、クロノは昔からその手ではエイミィと結婚するまでよくあった方だ。ユーノは言うまでも無い。
いや、だからこそ。ユーノの方がそれに関してはだいたい想像が出来た。
「でも、自分には二人ともそういう意味の「好き」じゃない?」
「ユーノさん……ええ、そうなんです」
エリオにとって、キャロはパートナーであり親友で。ルーテシアは助けた友達。いやこっちももう親友と言えるかもしれない。 だけど、だけどそれ以上の意味をエリオにはつけることが出来ない。
「そういうお前だって、なのはとフェイトから押されているんじゃないのか?」
「……クロノ。やっぱり、そう見えるかな?」
「個人的には非常に残念なことに、ここ数年、僕にフェイトがくれるチョコの数倍、お前に渡すチョコは時間がかかっている」
個人的には気に入らないのだろう。クロノがシスコンたる所以はそこにある。 だが、いくらクロノの個人的なことを言っても、実際には仕方ない。フェイトはクロノ主観でどう見てもユーノのためにがんばってチョコを作っている。それが現実なのだ。
「そっかぁ……」
「そっか、じゃない。なのはとフェイトは管理局でもベスト10に入るぐらいの人気美女局員じゃないか。 それにほかにも君を思う奴は多いだろうが。それで何年間お茶を濁してきた?エリオよりよっぽどお前の方が性質が悪いわ」
「クロノてい……クロノさん。僕は別にそういう意味でユーノさんに聞いたわけじゃ」
話がユーノの方に逸れて、それが自分のせい、と思ったエリオが口を出すもののクロノは続けた。 ユーノだって、別に鈍感でもなんでもない。普通の男の子。 クロノにはそれは最初から分かっていた。ユーノもまた、最初から。
「だいたい、君はなのはのことが好きだったんじゃないのか?」
「……そうだね。多分、PT事件から闇の書事件ぐらいまでは、本気で好きだったんじゃないかな?」
「『だった』に変わった経緯はこの際どうでもいい。お前が今好きな奴を言え」
命令口調なクロノには、クロノだけの考えもあるようだった。 親友、という仲でもあり悪友とも言える仲。クロノとユーノの仲はそんな関係を推移している。 それが、今回家族旅行にユーノを誘って置きながら、ヴェロッサを誘わなかった理由でもある。まあ、ヴェロッサが来たらヴァイス同様に覗きに命でもかけそうなところだったこともあるが。
命令口調に些かの抵抗らしい表情を浮かべたユーノだったが、ふと声を漏らす。 自分が好きな人、そういわれて。思い浮かべるのは。
やっぱりあの夢。
「10年ぐらい前の今日、実はとある人と約束をしてね」
「約束?」
「約束、ですか?」
いきなりポツリと語りだしたユーノにクロノもエリオも同じような言葉しか返せなかった。 まあ、そんなところかな、と二人の返答を聞いて話し続ける。
「そっ。約束。その約束を果たせたら、僕はその人と告白してもいいかなって」
「告白ってお前……相手が誰だか知らないが、どんな約束したんだよ、お前?」
「僕も気になります。告白しても良い約束って何なんです?」
約束一つで告白してもいいかな、と思えるとは相当の約束だ。 クロノとしても、エリオとしても気になるのは当然、というべきだろう。
そうかな、とむしろユーノには思えるのだが。 自分にとって、その約束で10年間ずっと待っているのだから。
「その約束はね……バレンタインに一つもチョコを貰わない、だよ」
「……はっ?」
「えっと……はい?」
ユーノの答えにエリオもクロノも、意味の分からない表情を浮かべるしかなかった。
「ううぅー!エリオに~ううぅ……」
「まあまあ、落ち着こうや、リイン。そんなにプンプンしとるのかそれとも恥ずかしいのかわからへんこと しとっても、何も起きやしないで?」
むしろ損やからなー、とお風呂にゆったりと浸かる。 時間的にこっちも早いためか満室に近いのに知り合いぐらいしかそこにはいなかった。 ここは、大浴場の女湯の方。はやてにリイン、エイミィに双子の子供。そしてシグナム。さらに予想外な人が二人ほど。
「あらまぁ、エイミィにはやてさんたちも。奇遇ねぇ~」
「こんにちわ。皆さん」
はやてたちが湯船に使っている横に突然現れた翠と桃色の髪をした女性。 温泉の湯船に使って一息をいれている二人組は、リンディ・ハラオウン総務官と……
「あなたは、メガーヌ・アルピーノさん?!」
「こんにちわ、八神はやてさん。あの節では娘のことを含めてお礼も言えず、ありがとうございました」
ルーテシアの母にして、一ヶ月ほど前に目覚めたばかりのメガーヌ・アルピーノ捜査官、だった。 まだまだ足も満足に動かないのだが、車椅子でここには来たようで。
――温泉って、この手の効能がある場合も多いからやろか?
なぜリンディといるかも含めて気になるところだ。
「なるほど、エイミィとクロノが旅行に来たついではやてさんたちも午後から時間を空けたのね」
「まあ、ええなんとか。私も仕事が部隊長なんで、多くて。大変です」
独特のイントネーションではやては話す。湯船に使って気持ちが良いせいかは分からないが それなりにはやてもテンションは高かった。同時に、別の意味でも。
「でも、今日は皆さん揃って地球でチョコを作っているとばっかり思っていたわ、ねえメガーヌさん?」
「ええ。ルーテシアも私とエリオ君、だったかしら。のために作るって言っていたから」
きっと、二人とも別に大して考えていないで発言したのだろう。が、リインはお風呂と関係無しに顔を赤くする。 これりゃ、本当にリインに春が来たんやろか、と思うところだ。
「あら、リインさん。どうかしたの?」
「いえ、さっき部屋の方でちょっとした事故があってなぁ、と言うか…… リインがフルサイズになったときに、私の肩に乗ったままで、こうズドンッと倒れまして」
「それはまた大変でしたのね。多少は召喚もかじっているので時々私もヘマするんです」
ルーテシアほど召喚師としての能力には欠けるのだろうが、それでも多少なりは使えるメガーヌ。 しかし、その御しとやかそうな雰囲気ははやての予想通り天然らしい。 ヘマをする……つまりは重力を考えないで召喚してしまう。 召喚されたものがドスンッと倒れる風景はさぞシュールだろう。
「ううぅ!はやてちゃん、言わないでください!」
「まあまあ、これはこれで面白いネタやし? で、倒れた先がさっきメガーヌさんの話に出たエリオ君のちょうど前でして。 で、とっさの判断でエリオ君はリインを抱きしめて、今に至るわけなんですわ」
「あらあら。それはそれは……」
マリアナ海溝より深そうな笑みを浮かべるリンディ。笑みの大半が色恋沙汰を聞いて面白そうと語っていた。 メガーヌはメガーヌで、天然なのか普通にそうなんですか、と返していた。 しかし、リンディはそのまま深い笑みで今度は爆弾を落としてきた。
「それで、はやてさんの方はどうなのかしら?」
「わ、私ですかぁ!?」
自分、と言われても困る。だが、そんなはやてを尻目にリンディは必要に聞いて来る。 リインは!?と探すと、いつの間にかメガーヌの横で普通に話している。気があうのだろうか、あの二人。 どっちにしても、増援は皆無だった。いや、まだシグナムがおる、とシグナムはと探して見ると。
「あははーシグナム~♪」
「お兄ちゃんずるいー私もシグナムーと遊ぶのー」
「二人とも、シグナムさんに迷惑かけちゃだめだよー」
「いや、エイミィ。これはなんというか、なんで二人とも私に抱きついて来るんだ?」
「さあ?珍しいんじゃないかな?」
完全にカレルとリエラのおもちゃにされていた。あれでは増援どころではないだろう。
「だって、別にお仕事で午前中、と言ってもここに来ないでチョコ作りに行くこともできたでしょう? なのに、なんでここに来たのかなって思ったの」
確かに時間的に若干遅れても別に無理だったわけじゃない。 ただ……
「もう、数日に作ってしもうて。まあ今日は無理やと思っとって、そんな感じです」
「それじゃあ、あげる人はいるのね?」
「上げたい、と思う人は……いないわけやない、って感じでしょうか?」
最後のイントネーションは下がって関西弁風に。 自分が好きな人。それを大きくいえるほどその人は小さくて。ほとんど、あの言葉だけで。 だから、自分は毎年作っているのに上げたことは一度も無くて。 今日見た夢が、それを一層思い出させてきてしまって。 いや、その前から。自分は彼を……
ゆっくりと大浴場のお湯に浸かって、疲れを取って。気持ちもすべて隠しているものを取り払うように。 自分は好きな人はいないと言ってきた、だけど……
「私にとって、好きな人はおりません。せやけど……好きになってしまった人はいるのかもしれません」
「なってしまった?妙な言い回しね?」
「最初はちょっとした賭けやったんですよ。その人がチョコを貰えるかもらえへんか。そんなくだらへん賭け事」
あの日の自分は、きっと単に楽しんでいてそれを言っただけなんだろうけど。 あれから時間が立って、毎年バレンタインが来て。自分の年が重なっていって。
――いつの間にか、それが適えばええ、と思っていて。
はやてがいきなりに語る話、リンディが聞いてもそれは可笑しな話だった。
「最初は単純でそんな賭け事。彼は貰えへんと言いまして。私は貰えるにかけたんです」
「その子、そんなにチョコもらえそうだったの?」
「もらえそうというよりも、間違いなく貰える、そして毎回今でも貰ってるんやと思います」
貰っている。それは自分が賭けに毎年勝っている、という意味。 でも、それでは面白くない。彼女がそのとき下したルールとしては、それは面白くない。 ゆっくりお湯を両手ですくい上げて白いお湯の乳白色な色を今一度見る。
「でも、何だか続きがある見たいね?」
「ええ、そなもちろんありますよ? その時私は言ったんですよ『なら、もらえへんかったら私がチョコをあげたる!』って。 でも、彼は毎年貰っておりまして。私が上げるチャンスがまっとうあらへん。その間に……そんな約束とある事件後のことのせいで私は彼を『好きになってしまった』やと思います。 なのはちゃんやフェイトちゃんみたいな純粋な愛、とはかけ離れ取りますけど」
愛、というよりもむしろ子供のお遊びの延長から来た話に過ぎない。事実だけを言えば。 まだ、互いにそう思っているのか、いやそれ以前に相手が覚えているかも怪しい、そんな昔の話。 それをすべて理解したかのようにリンディは続けた。
「でも、それでもはやてさんは好きなんでしょう。そういうことを含めて、その人が?」
なのはちゃんのような一途でもなく、フェイトのように強く求めるわけでもない。 単にその思い出から、始まったバレンタインの意地の張り合い。 そんなことはやてだって、分かっていて。
自分が自分が、何をしたいのかだって分かっていて。でも、それを恋というのかすら分からなくて。
だから、こうしている。
「もし、私がチョコを渡せたら、思いを打ち明けてみようと思っとります」
後編に続く